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気まぐれに更新。

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しめじ

ひややかな視線
十六分休符ほどのため息
をそなえた子実体
まな板にころがるしめじ
それは切断されたおんなの趾
煮込まれたけんちん汁をのみこむとき
そして灰白色のいしづきを舐めるとき
わたしはおんなの姿を思いえがく
噛みしめたしめじからもれた
澄んだ体液が口に満ちる
けんちん汁を
もう一杯よそる
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へび人間

一日というやつの姿をよく見てみると、それはいくつもの行動を組み合わせてできている。
 一段の引き出しの中に、さらにさまざまのものを整理して入れる仕切りが付いているような姿をしている。当然、予定の具合に応じて仕切りは大きくも小さくもなるが、引き出しの大きさは変わらない。そんな姿をしばしば想像する。
 ところで、私は整理整頓が苦手だ。掃除も苦手だ。こんなに大変で、難しいのに、日常生活に欠くべからざるものとして語られている。それがなおさら整理整頓と掃除の苦手な意識を刺激してくる。それも、裁縫針ほどの思い切りのある鋭さでなく、竹串の、試すような、笑うような、ずんぐりとした痛みをもたらす突き方で刺激してくるのである。
 そして、この掃除の出来ない意識というのと一日の過ごし方というのとは、どうにも関係があるように思えて仕方がない。
 整理整頓できない私は、どうも頭の中も散らかっているようで、なにかの景色に自分の頭の中をたとえるとするならば、図書館だと思う。それも、床にも本が散らばって、天井からは埃のかぶった星の模型が、最後に点検したのはいつとも知れないテグスで吊るされていて、ドーム型の天井の梁はどこからが空でどこまでが図書館なのか判然としない。壁はクリームチーズのようである。触れてみるといつまでも湿り気を帯びているような、コンクリートの例の冷たさがあり、それがなんとなく厭な感じを与える。本が腐りやしないかと不安にさせる壁材である。窓を見てみると、飾りの部分にべっこう色のガラスをわざわざ選んだのはいいが、磨かれている印象がない。オリーブ色のカーテンはもうどうしようもなくて、老婆が四十年前から毎日のように着続けているドレスの質感でぶら下がっている。本棚は飴色の木材で出来ている。本を一冊出すと、その横の本まで飛び出てくる。しかもなにも関係のない話の書かれている本だ。
 そういう頭を持っている私の一日は、大体ぼんやりしているうちに時計の針の方が回ってしまう。三つの予定があっても一つのぼんやりを挟むことになってしまうせいで二つしかことが運ばない。けれども、三つの予定があることはいやにはっきりと分かっているせいで不安になる。こうなると一日がどう見えるか。行動の予定がいくつも目の前にあるのになにも実行に移せないでおろおろとしている。そうしているうちにまた時計の針が進む……といった具合に一日が経過していくのである。
 おそらく、仕事ができると言われる人や、いつも余裕を身にまとい涼しげにしている人は、一日の引き出しを上手に区切ることのできる人で、しかも彼らの引き出しの中を探る視線を意識してみると、一度に一つのことだけを注視している。それでいて、一つのことが、たとえあまり十分な状態でなかったとしても、次の予定があればすぐに切り替わる。そんな風であるから、休むときには休むことだけをしている。行動をするときは目の前の行動だけをしている、のだと思う。
 区切りがうまくいかない私の一日は、仕切りがなく一匹のへびみたくなっていて、不安も課題も昼寝も楽しみも一緒くたにして持っているしかない。いつも目の前にいくつもの行動を持っている。持ち物が多いせいで、どれかの行動を手に取ろうとするとどれかがこぼれおちる。拾おうとするとまた別の行動がこぼれおちる。整理整頓できない、へびの形をした日々を過ごす私はへび人間とでも言おうか。なんだか妖怪みたいな名前だけれども、頭の中に建っている散らかった図書館の湿っていて、冷たい景色を考えると、へびは案外妥当なところなのではないか。

なつ


 トマトの匂いが青く一面に立ちのぼっていた。土は今にも湯気が湧きそうな湿り気と熱を帯びていて、白い日差しの下、トマトの鮮やかさを際だたせる補色になっている。
 畑から足を舗道に戻せば、アスファルトは油の臭いを重く漂わせていて、それだけで家までの道のりが遠くなるようなけだるさを感じさせる。

「遅かったじゃない」
「うん」
「また畑覗いてきたの?」
「うん」
「模試の結果はどうだったの?」
「大丈夫だよ」
「夏休みが受験の天王山って言うように、みんな追い上げてくるんだから、今いい結果だからって油断しちゃ駄目なんだからね」
「うん」
昼ご飯にそうめんが出る日が何日続いているだろう。昨日届いたお中元でもまた贈られてきていたから、まだしばらく続くはずで、それを思うとなおさら口の中で崩れていくそうめんが味気なく、意味のない食事になってくる。
 刺激もない、変化もない。毎日がぜんぶ同じ色に見えてきて、今日は昨日となにが違ったのか見失いそうになる。そうめんの色に日々の個性が埋没していく。もしかしたら社会もこういうことなのかもしれない。みんな本当は違う色を持っているのにそうめん色の社会の中に紛れればぜんぶ同じに見えてしまう。よどんで変わらない大きな流れに隠される。たぶん、その中で、考えることをせずに済むのならば、それはきっと、とても楽だ。
 そうめんを食べ終えると部屋へ上がり、今日の分で出された宿題のページを開く。麦茶だけが減っていく。国語の小説を読む。問題を解くのでなく、ただの読み物として読む小説は好きだ。数学の図形を見る。証明しなくていいなら、図形は好きだ。英語も開く。模様として眺めるなら、英語は好きだ。でも、 それではいけないからとりあえず回答は埋めていく。単純作業をこなす手元から意識は離れ、鼻先に畑のトマトの匂いだけがはっきりと思い出される。先生の言っていたことはいつのまにか遠くて、平べったい、そうめん色の記憶になっていく。
 蝉の合唱が聞こえる。アブラゼミの声もクマゼミの声も大きくて、彼らのごま油の色をした絶叫ばかりがあたり一面に降り注ぐ。ひぐらしもミンミンゼミもツクツクボウシも押し黙っているかのようで、耳で探してみても少しも聞こえてこない。
 冷房の利いた部屋で、宿題も終えて蝉の歌に耳を澄ませることも終えると、三つ折りにして隅に置いたままにしてある布団を伸ばし、タオルケットだけをお腹にかけて目を閉じた。

 目を覚ましたときにも、まだ日は沈んでいなかった。窓を開けると、湿って生あたたかい風がまず太ももと頬を撫でるようにあたる。夕日は空の端で溶けて、熟れた杏の甘いだいだい色で空を染めていて、それを見つめたときに自分の口元から思わずため息が出るのを他人事のように聞いた。
 一日をどう過ごしても、こういう夕暮れは、今日が無為だったと言い切るような調子があって、日中の激しい日差しも、吹き出した汗も、むせるように立ち上るトマトやアスファルトのにおいも、すべてを包むかのような優しさと、突き放されるようなものさみしさを感じさせる。しかもそれは、とても回りくどくて、なんとなくにおわせるくらいで漂っているからこそ、まざまざと感じ取ってしまう、残酷なものさみしさだ。だから、なにもできなかったと思うことしかできなくなる。なにかしらはしていたはずなのに、なにもなかったと思うしかなくなる。こうして、どこへもいけないことをたしかめるようにして日が暮れていく。
 曜日感覚の薄れた意識の中で夕暮れだけが毎日目に焼き付いて重ねられて、鼻先のトマトの匂いと目の中の夕日の影だけが濃くなっていく。ふいについた二度目のため息は、蝉の合唱に紛れて埋もれていった。

オーロラ

 最近のはすごいんだってよ。本物の星空より綺麗なくらいで、こっちに降ってきそうなぐらいの迫力だって。観た友達みんなそう言うんだ。
 彼は連れ添って歩いている女にそう声をかけた。彼女はうん、楽しみだね、と小さく相槌を打つ。うなずきながら伏せられた長いまつげが、ガラスのように透き通った瞳の上に魅力的な影を作った。
 彼が大学生二枚と言ってチケットを買う間も二人の手はゆるやかにつながれていた。チケット売場の女性はしばし彼らの姿を意味ありげに眺めたが、学生証を確認することもなく二枚分の値段を言った。

「本当にすごかったなあ」
「うん。びっくりしたね」
 彼は頬を火照らせ、ひどく興奮した様子で話し続けていた。そのせいで手に持ったハンバーガーの包みはほとんど手が着いていない。
「俺、オーロラの正体初めて知ったし、なによりあのプラネタリウムの映像が半端じゃなかった」
「光とか、臨場感とかね」
「そうそう、臨場感。本当にオーロラ見に行ったみたいだったもん」
「本物以上、かもね」
「ああ、かもしれない。でも本物は見に行けないから比較できないけどなあ、行くの大変そうだし」
 そう言って彼はようやくハンバーガーをむさぼる。彼女は瞳の色と同じ、澄んだ色のアイスティーをストレートで口に含んだ。そして、ストローから、陶器のようになめらかな唇を離すと、目を伏せぽつりと言葉をこぼした。
「にせものだから、プラネタリウムの中でしか見られないにせものだから、綺麗なのかもしれないね」
 その言葉に、彼は確かめるように彼女を見つめる。
「本物にある揺らぎとか不確かさを、そっくり取り除いて磨きあげた形が、あのプログラムなのかもしれないね」
「にせものは、嫌、なの?」
「わからない」
 彼は彼女の瞳をまっすぐに見つめ、口を開きかけてはまた閉じて、言葉の切り出し方を悩んでいるように見えた。そして、ようやく彼の喉から出てきた声は、漲る想いと緊張が詰まっているかのように、震えていた。
「俺は、にせものでも、お前が、この世で一番綺麗だと思ってるんだよ」
 彼女は今にも泣き出しそうに張りつめた表情で顔を赤くする彼の手を合成繊維の張られた手のひらで優しくさすり、表情筋のユニットを柔らかに可動させ、不純物のない笑みを彼に向けた。

パンケーキ

横から棺桶が流れてきた。
 邪魔なものが流れてくるものだと顔をしかめわきにやろうとすると、天井のスピーカーから柔らかな女性の声でアナウンスが流れた。
「お待たせ致しました。番号、九十一番様。ご準備が整いました。只今係の者が伺いますので番号札を掲げてお待ち下さい」
 見れば右手に握られたハガキ大のカードには呼び出されたその数が記されている。渋面で待ち構えていると果たしてスーツ姿の男が汗をとびちらせ駆けてきた。
「お待たせ致しました」
「それより、これ、なんとかならないの」
顎をしゃくって棺桶を示すと係の男はきょとんと首を傾げた。
「お客様のご希望のものでございますが」
「なんだって」
「では中身を確認いたしましょうか」
止める言葉を発する間もなく男は棺の蓋を外した。弁当箱の如く開けられ露出した中身に唖然としていると右手の番号札は取り上げられ、代わりに丁度ファミレスのパンケーキを切るのにおあつらえむき、といった面持ちの銀の食事用ナイフを握らされていた。
「ご注文の品は以上でお揃いです」
「でも、だって」
「お客様の中学生時代はパンケーキを切る程度の切れ味で十分と存じます」
「いや、嘘だ。もっとひどい目に遭っていた。こんなやわな代物じゃ殺せない」
 男は白い手袋をはめた手で棺桶の中身を撫で回した。その仕草に母を思い出し気分が悪くなる。大切に扱われるべきものではないのだ。
「どうなさいました」
「人のものを無闇に撫で回さないでくれるか」
棺桶からあわてて手が離れる。行き場を失って迷った放物線を描いた手は男の下腹部に行き着いた。
「すみません、妊娠二ヶ月なんです」
「そいつこそパンケーキを刺すナイフで十分じゃないか」
「まさか。彼女は牛刀でも持ってこなければ私の腹から露出してはくれないでしょう。
 それで、まだ決め手に欠けますか」
「うん、なんというか、派手さが足りない」
男は難しそうに俯き考えているが、右手は子宮の形をぐるぐるとなぞり続けている。チョークのような手に違いない。白く冷たい五本のチョークで執拗に愛撫される腹の子は、神経質な刺激に辟易してなかなか生まれてこないだろう。ピアノでも弾いていれば様になるだろうに、まったく哀れな男だ。
「それでは、お客様、こちらのナイフに変更しては如何でしょう。オプション料金がかかってしまうので三千円ほど割高になってしまうのですが……」
「なんで最初からこれを持って来ないんだ。俺は金ならあると言っただろう馬鹿たれ」
「申し訳ございません」
怒鳴り散らして男につかみかかってもよかったが、彼が流産したら洒落にならないことに気づき、フンと鼻を鳴らすにとどめて乱暴にナイフを手に取る。ファミレスパンケーキ仕様ナイフよりはましか。
「まあ、これならいいよ。じゃ、やるからさ、よく見とけよ。録画ってできるの?」
「可能です。セット料金に組み込んであります」
「撮りたいって人、やっぱり多いんだ」
「ええ、やはり人生の大きなイベントと捉える方が多いようで」
 そう言っている間に三脚が据えられカメラはいつでも撮影開始できる態勢になる。
「じゃ、いくよ」
「はい、どうぞ」
 豆腐よりも手応えがなかったらどうしよう。
 棺桶に横たわる中身にナイフが衝突する刹那、そんな不安が頭をよぎった。

        
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