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気まぐれに更新。

青い内臓

青い内臓がどこにあるか訊ねたら、きっと人によって答えは違う。私の場合は胃のあたりに青い内臓がある。それは、普段はクエのように息をひそめていて姿を見せない。しかし、ひとたび将来のことや、人間関係のこじれや、夏の夕暮れに出くわした途端にいきいきと青い内臓は活動をはじめ、否が応でもその存在を認識せざるをえなくなる。
 青い内臓の「青」は灰色がかった青で、焼いたレバーのような灰色を春先の空で溶かしたような青色をしている。活動をしているときの青い内臓は、ひたすらに重たい。だから切り分けたいのだが、実際にレントゲンを撮ったら映るはずもない内臓なのでいくら訴えても「青い内臓切除術」は確立される見通しはない。
 そもそも青い内臓のことを、青い内臓として捉えている人ばかりではないようだ。物質的なものとして捉えていない人もいることを私は人と話していて気付いた。だがその人もあの人もどの人も、青い内臓のことを「青い内臓」とは呼ばないものの私にとっての青い内臓と同じものを持って生活しているらしいことはたしかだ。それは普段の会話の中では触れないが、たとえば日記や、ブログや、Twitterや、親友にはしばしば明かされることになる。普遍性も再現性もそなえていないのに普遍的に存在する? なんだそれは。ペテンにかけられたような気分だ。こんなことを考えていると、青い内臓はまたいきいきと活動をはじめるのだ。
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へび人間

一日というやつの姿をよく見てみると、それはいくつもの行動を組み合わせてできている。
 一段の引き出しの中に、さらにさまざまのものを整理して入れる仕切りが付いているような姿をしている。当然、予定の具合に応じて仕切りは大きくも小さくもなるが、引き出しの大きさは変わらない。そんな姿をしばしば想像する。
 ところで、私は整理整頓が苦手だ。掃除も苦手だ。こんなに大変で、難しいのに、日常生活に欠くべからざるものとして語られている。それがなおさら整理整頓と掃除の苦手な意識を刺激してくる。それも、裁縫針ほどの思い切りのある鋭さでなく、竹串の、試すような、笑うような、ずんぐりとした痛みをもたらす突き方で刺激してくるのである。
 そして、この掃除の出来ない意識というのと一日の過ごし方というのとは、どうにも関係があるように思えて仕方がない。
 整理整頓できない私は、どうも頭の中も散らかっているようで、なにかの景色に自分の頭の中をたとえるとするならば、図書館だと思う。それも、床にも本が散らばって、天井からは埃のかぶった星の模型が、最後に点検したのはいつとも知れないテグスで吊るされていて、ドーム型の天井の梁はどこからが空でどこまでが図書館なのか判然としない。壁はクリームチーズのようである。触れてみるといつまでも湿り気を帯びているような、コンクリートの例の冷たさがあり、それがなんとなく厭な感じを与える。本が腐りやしないかと不安にさせる壁材である。窓を見てみると、飾りの部分にべっこう色のガラスをわざわざ選んだのはいいが、磨かれている印象がない。オリーブ色のカーテンはもうどうしようもなくて、老婆が四十年前から毎日のように着続けているドレスの質感でぶら下がっている。本棚は飴色の木材で出来ている。本を一冊出すと、その横の本まで飛び出てくる。しかもなにも関係のない話の書かれている本だ。
 そういう頭を持っている私の一日は、大体ぼんやりしているうちに時計の針の方が回ってしまう。三つの予定があっても一つのぼんやりを挟むことになってしまうせいで二つしかことが運ばない。けれども、三つの予定があることはいやにはっきりと分かっているせいで不安になる。こうなると一日がどう見えるか。行動の予定がいくつも目の前にあるのになにも実行に移せないでおろおろとしている。そうしているうちにまた時計の針が進む……といった具合に一日が経過していくのである。
 おそらく、仕事ができると言われる人や、いつも余裕を身にまとい涼しげにしている人は、一日の引き出しを上手に区切ることのできる人で、しかも彼らの引き出しの中を探る視線を意識してみると、一度に一つのことだけを注視している。それでいて、一つのことが、たとえあまり十分な状態でなかったとしても、次の予定があればすぐに切り替わる。そんな風であるから、休むときには休むことだけをしている。行動をするときは目の前の行動だけをしている、のだと思う。
 区切りがうまくいかない私の一日は、仕切りがなく一匹のへびみたくなっていて、不安も課題も昼寝も楽しみも一緒くたにして持っているしかない。いつも目の前にいくつもの行動を持っている。持ち物が多いせいで、どれかの行動を手に取ろうとするとどれかがこぼれおちる。拾おうとするとまた別の行動がこぼれおちる。整理整頓できない、へびの形をした日々を過ごす私はへび人間とでも言おうか。なんだか妖怪みたいな名前だけれども、頭の中に建っている散らかった図書館の湿っていて、冷たい景色を考えると、へびは案外妥当なところなのではないか。