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気まぐれに更新。

青い内臓

青い内臓がどこにあるか訊ねたら、きっと人によって答えは違う。私の場合は胃のあたりに青い内臓がある。それは、普段はクエのように息をひそめていて姿を見せない。しかし、ひとたび将来のことや、人間関係のこじれや、夏の夕暮れに出くわした途端にいきいきと青い内臓は活動をはじめ、否が応でもその存在を認識せざるをえなくなる。
 青い内臓の「青」は灰色がかった青で、焼いたレバーのような灰色を春先の空で溶かしたような青色をしている。活動をしているときの青い内臓は、ひたすらに重たい。だから切り分けたいのだが、実際にレントゲンを撮ったら映るはずもない内臓なのでいくら訴えても「青い内臓切除術」は確立される見通しはない。
 そもそも青い内臓のことを、青い内臓として捉えている人ばかりではないようだ。物質的なものとして捉えていない人もいることを私は人と話していて気付いた。だがその人もあの人もどの人も、青い内臓のことを「青い内臓」とは呼ばないものの私にとっての青い内臓と同じものを持って生活しているらしいことはたしかだ。それは普段の会話の中では触れないが、たとえば日記や、ブログや、Twitterや、親友にはしばしば明かされることになる。普遍性も再現性もそなえていないのに普遍的に存在する? なんだそれは。ペテンにかけられたような気分だ。こんなことを考えていると、青い内臓はまたいきいきと活動をはじめるのだ。
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