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気まぐれに更新。

月の光

あの人が思い浮かぶ時には、いつでも、一番美しい表情で、一番気に入っている仕草で、一番綺麗な部分だけが映るような角度でその姿は現れた。
 だからこそ、理想の言葉を並べたときそっくりの嘘くささが滲んでいて、自分の創作したあの人の理想像を崇拝しているだけに見えて、そのたびに心臓にアルミホイルが巻き付けられたように不安がまとわりつき、じくじくと全身を巡った。
 ぬくもりが少しずつ漏れだして温度が失われていっている指先が触れた喉は、大きく響く拍動の中に紛れる想いが声にならないもどかしさにかすれ、ただれた痛みのせいで荒い呼吸音を放っていた。
 熱いような、寒いような、布団をかぶっている意味のない寝床の中で、気がつけば両目から、はらはらと二筋の川が生まれていた。
 枕に顔を埋めてもあとからあとから無限に涙が湧いてきて、止まる気配がないことがたまらなく情けなく感じられた。
 あの人の、長く弧を描くまつげが瞬く姿、流れる髪の、永遠に見ていても飽きないように思われる姿、熱心に考えごとをしているとき子供のように半開きになる唇のふっくらとしていて、薄桃色に染まっている姿、瞳をのぞき込めた時にはじめて知った、紅茶色の暖かく澄んだ色をたたえた姿が次々に思い出されて、泣きじゃくっているこの瞬間にもあの人を求めて体中が甘い熱にうなされていることを知って、指先は細やかに震えていた。
 胸の中に、春の曇り空のような湿気と生温かさを含んでいるあの人への想いがこんこんと湧きだしていて、そのせいで涙はいよいよ止まらなくなっていた。
 思わずシーツを握りしめると、その先にさえあの人の腕があってほしいと願っている自分に気づかされて、それでいて、あの人に想いを伝えられるはずのない勇気のなさが薄いシーツの向こうに透かし見えていた。
 夜が早く終わればいい。そうすれば熱を持ち病的に肥大化したこの想いと付き合う時間から解放されるから。
 夜が永遠に終わらなければいい。そうすればあの人と顔を合わせることもなくて、想いを仕舞い込む必要もないのだから。
 私がどちらを願えばいいのか分からないままでいるせいで、秒針の刻んでいる音の間隔はとても中途半端な長さで部屋を満たしていた。ただ満月の白く、まっすぐに差し込んでくる光だけが、この部屋を貫いていた。
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