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気まぐれに更新。

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パンケーキ

横から棺桶が流れてきた。
 邪魔なものが流れてくるものだと顔をしかめわきにやろうとすると、天井のスピーカーから柔らかな女性の声でアナウンスが流れた。
「お待たせ致しました。番号、九十一番様。ご準備が整いました。只今係の者が伺いますので番号札を掲げてお待ち下さい」
 見れば右手に握られたハガキ大のカードには呼び出されたその数が記されている。渋面で待ち構えていると果たしてスーツ姿の男が汗をとびちらせ駆けてきた。
「お待たせ致しました」
「それより、これ、なんとかならないの」
顎をしゃくって棺桶を示すと係の男はきょとんと首を傾げた。
「お客様のご希望のものでございますが」
「なんだって」
「では中身を確認いたしましょうか」
止める言葉を発する間もなく男は棺の蓋を外した。弁当箱の如く開けられ露出した中身に唖然としていると右手の番号札は取り上げられ、代わりに丁度ファミレスのパンケーキを切るのにおあつらえむき、といった面持ちの銀の食事用ナイフを握らされていた。
「ご注文の品は以上でお揃いです」
「でも、だって」
「お客様の中学生時代はパンケーキを切る程度の切れ味で十分と存じます」
「いや、嘘だ。もっとひどい目に遭っていた。こんなやわな代物じゃ殺せない」
 男は白い手袋をはめた手で棺桶の中身を撫で回した。その仕草に母を思い出し気分が悪くなる。大切に扱われるべきものではないのだ。
「どうなさいました」
「人のものを無闇に撫で回さないでくれるか」
棺桶からあわてて手が離れる。行き場を失って迷った放物線を描いた手は男の下腹部に行き着いた。
「すみません、妊娠二ヶ月なんです」
「そいつこそパンケーキを刺すナイフで十分じゃないか」
「まさか。彼女は牛刀でも持ってこなければ私の腹から露出してはくれないでしょう。
 それで、まだ決め手に欠けますか」
「うん、なんというか、派手さが足りない」
男は難しそうに俯き考えているが、右手は子宮の形をぐるぐるとなぞり続けている。チョークのような手に違いない。白く冷たい五本のチョークで執拗に愛撫される腹の子は、神経質な刺激に辟易してなかなか生まれてこないだろう。ピアノでも弾いていれば様になるだろうに、まったく哀れな男だ。
「それでは、お客様、こちらのナイフに変更しては如何でしょう。オプション料金がかかってしまうので三千円ほど割高になってしまうのですが……」
「なんで最初からこれを持って来ないんだ。俺は金ならあると言っただろう馬鹿たれ」
「申し訳ございません」
怒鳴り散らして男につかみかかってもよかったが、彼が流産したら洒落にならないことに気づき、フンと鼻を鳴らすにとどめて乱暴にナイフを手に取る。ファミレスパンケーキ仕様ナイフよりはましか。
「まあ、これならいいよ。じゃ、やるからさ、よく見とけよ。録画ってできるの?」
「可能です。セット料金に組み込んであります」
「撮りたいって人、やっぱり多いんだ」
「ええ、やはり人生の大きなイベントと捉える方が多いようで」
 そう言っている間に三脚が据えられカメラはいつでも撮影開始できる態勢になる。
「じゃ、いくよ」
「はい、どうぞ」
 豆腐よりも手応えがなかったらどうしよう。
 棺桶に横たわる中身にナイフが衝突する刹那、そんな不安が頭をよぎった。
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