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  <title type="text">WORD</title>
  <subtitle type="html">気まぐれに更新。</subtitle>
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  <updated>2010-03-15T15:06:33+09:00</updated>
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    <published>2018-04-28T21:58:47+09:00</published> 
    <updated>2018-04-28T21:58:47+09:00</updated> 
    <category term="エッセイ" label="エッセイ" />
    <title>青い内臓</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[青い内臓がどこにあるか訊ねたら、きっと人によって答えは違う。私の場合は胃のあたりに青い内臓がある。それは、普段はクエのように息をひそめていて姿を見せない。しかし、ひとたび将来のことや、人間関係のこじれや、夏の夕暮れに出くわした途端にいきいきと青い内臓は活動をはじめ、否が応でもその存在を認識せざるをえなくなる。<br />
　青い内臓の「青」は灰色がかった青で、焼いたレバーのような灰色を春先の空で溶かしたような青色をしている。活動をしているときの青い内臓は、ひたすらに重たい。だから切り分けたいのだが、実際にレントゲンを撮ったら映るはずもない内臓なのでいくら訴えても「青い内臓切除術」は確立される見通しはない。<br />
　そもそも青い内臓のことを、青い内臓として捉えている人ばかりではないようだ。物質的なものとして捉えていない人もいることを私は人と話していて気付いた。だがその人もあの人もどの人も、青い内臓のことを「青い内臓」とは呼ばないものの私にとっての青い内臓と同じものを持って生活しているらしいことはたしかだ。それは普段の会話の中では触れないが、たとえば日記や、ブログや、Twitterや、親友にはしばしば明かされることになる。普遍性も再現性もそなえていないのに普遍的に存在する？　なんだそれは。ペテンにかけられたような気分だ。こんなことを考えていると、青い内臓はまたいきいきと活動をはじめるのだ。]]> 
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    <published>2017-02-26T19:10:44+09:00</published> 
    <updated>2017-02-26T19:10:44+09:00</updated> 
    <category term="詩" label="詩" />
    <title>しめじ</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[ひややかな視線<br />
十六分休符ほどのため息<br />
をそなえた子実体<br />
まな板にころがるしめじ<br />
それは切断されたおんなの趾<br />
煮込まれたけんちん汁をのみこむとき<br />
そして灰白色のいしづきを舐めるとき<br />
わたしはおんなの姿を思いえがく<br />
噛みしめたしめじからもれた<br />
澄んだ体液が口に満ちる<br />
けんちん汁を<br />
もう一杯よそる]]> 
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    <published>2016-02-08T00:38:48+09:00</published> 
    <updated>2016-02-08T00:38:48+09:00</updated> 
    <category term="エッセイ" label="エッセイ" />
    <title>へび人間</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[一日というやつの姿をよく見てみると、それはいくつもの行動を組み合わせてできている。<br />
　一段の引き出しの中に、さらにさまざまのものを整理して入れる仕切りが付いているような姿をしている。当然、予定の具合に応じて仕切りは大きくも小さくもなるが、引き出しの大きさは変わらない。そんな姿をしばしば想像する。<br />
　ところで、私は整理整頓が苦手だ。掃除も苦手だ。こんなに大変で、難しいのに、日常生活に欠くべからざるものとして語られている。それがなおさら整理整頓と掃除の苦手な意識を刺激してくる。それも、裁縫針ほどの思い切りのある鋭さでなく、竹串の、試すような、笑うような、ずんぐりとした痛みをもたらす突き方で刺激してくるのである。<br />
　そして、この掃除の出来ない意識というのと一日の過ごし方というのとは、どうにも関係があるように思えて仕方がない。<br />
　整理整頓できない私は、どうも頭の中も散らかっているようで、なにかの景色に自分の頭の中をたとえるとするならば、図書館だと思う。それも、床にも本が散らばって、天井からは埃のかぶった星の模型が、最後に点検したのはいつとも知れないテグスで吊るされていて、ドーム型の天井の梁はどこからが空でどこまでが図書館なのか判然としない。壁はクリームチーズのようである。触れてみるといつまでも湿り気を帯びているような、コンクリートの例の冷たさがあり、それがなんとなく厭な感じを与える。本が腐りやしないかと不安にさせる壁材である。窓を見てみると、飾りの部分にべっこう色のガラスをわざわざ選んだのはいいが、磨かれている印象がない。オリーブ色のカーテンはもうどうしようもなくて、老婆が四十年前から毎日のように着続けているドレスの質感でぶら下がっている。本棚は飴色の木材で出来ている。本を一冊出すと、その横の本まで飛び出てくる。しかもなにも関係のない話の書かれている本だ。<br />
　そういう頭を持っている私の一日は、大体ぼんやりしているうちに時計の針の方が回ってしまう。三つの予定があっても一つのぼんやりを挟むことになってしまうせいで二つしかことが運ばない。けれども、三つの予定があることはいやにはっきりと分かっているせいで不安になる。こうなると一日がどう見えるか。行動の予定がいくつも目の前にあるのになにも実行に移せないでおろおろとしている。そうしているうちにまた時計の針が進む&hellip;&hellip;といった具合に一日が経過していくのである。<br />
　おそらく、仕事ができると言われる人や、いつも余裕を身にまとい涼しげにしている人は、一日の引き出しを上手に区切ることのできる人で、しかも彼らの引き出しの中を探る視線を意識してみると、一度に一つのことだけを注視している。それでいて、一つのことが、たとえあまり十分な状態でなかったとしても、次の予定があればすぐに切り替わる。そんな風であるから、休むときには休むことだけをしている。行動をするときは目の前の行動だけをしている、のだと思う。<br />
　区切りがうまくいかない私の一日は、仕切りがなく一匹のへびみたくなっていて、不安も課題も昼寝も楽しみも一緒くたにして持っているしかない。いつも目の前にいくつもの行動を持っている。持ち物が多いせいで、どれかの行動を手に取ろうとするとどれかがこぼれおちる。拾おうとするとまた別の行動がこぼれおちる。整理整頓できない、へびの形をした日々を過ごす私はへび人間とでも言おうか。なんだか妖怪みたいな名前だけれども、頭の中に建っている散らかった図書館の湿っていて、冷たい景色を考えると、へびは案外妥当なところなのではないか。]]> 
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    <published>2015-06-02T21:54:54+09:00</published> 
    <updated>2015-06-02T21:54:54+09:00</updated> 
    <category term="ss" label="ss" />
    <title>なつ</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[<br />　トマトの匂いが青く一面に立ちのぼっていた。土は今にも湯気が湧きそうな湿り気と熱を帯びていて、白い日差しの下、トマトの鮮やかさを際だたせる補色になっている。 <br />　畑から足を舗道に戻せば、アスファルトは油の臭いを重く漂わせていて、それだけで家までの道のりが遠くなるようなけだるさを感じさせる。 <br /><br />「遅かったじゃない」 <br />「うん」 <br />「また畑覗いてきたの？」 <br />「うん」 <br />「模試の結果はどうだったの？」<br />「大丈夫だよ」<br />「夏休みが受験の天王山って言うように、みんな追い上げてくるんだから、今いい結果だからって油断しちゃ駄目なんだからね」<br />「うん」<br />昼ご飯にそうめんが出る日が何日続いているだろう。昨日届いたお中元でもまた贈られてきていたから、まだしばらく続くはずで、それを思うとなおさら口の中で崩れていくそうめんが味気なく、意味のない食事になってくる。<br />　刺激もない、変化もない。毎日がぜんぶ同じ色に見えてきて、今日は昨日となにが違ったのか見失いそうになる。そうめんの色に日々の個性が埋没していく。もしかしたら社会もこういうことなのかもしれない。みんな本当は違う色を持っているのにそうめん色の社会の中に紛れればぜんぶ同じに見えてしまう。よどんで変わらない大きな流れに隠される。たぶん、その中で、考えることをせずに済むのならば、それはきっと、とても楽だ。<br />　そうめんを食べ終えると部屋へ上がり、今日の分で出された宿題のページを開く。麦茶だけが減っていく。国語の小説を読む。問題を解くのでなく、ただの読み物として読む小説は好きだ。数学の図形を見る。証明しなくていいなら、図形は好きだ。英語も開く。模様として眺めるなら、英語は好きだ。でも、 それではいけないからとりあえず回答は埋めていく。単純作業をこなす手元から意識は離れ、鼻先に畑のトマトの匂いだけがはっきりと思い出される。先生の言っていたことはいつのまにか遠くて、平べったい、そうめん色の記憶になっていく。<br />　蝉の合唱が聞こえる。アブラゼミの声もクマゼミの声も大きくて、彼らのごま油の色をした絶叫ばかりがあたり一面に降り注ぐ。ひぐらしもミンミンゼミもツクツクボウシも押し黙っているかのようで、耳で探してみても少しも聞こえてこない。<br />　冷房の利いた部屋で、宿題も終えて蝉の歌に耳を澄ませることも終えると、三つ折りにして隅に置いたままにしてある布団を伸ばし、タオルケットだけをお腹にかけて目を閉じた。<br /><br />　目を覚ましたときにも、まだ日は沈んでいなかった。窓を開けると、湿って生あたたかい風がまず太ももと頬を撫でるようにあたる。夕日は空の端で溶けて、熟れた杏の甘いだいだい色で空を染めていて、それを見つめたときに自分の口元から思わずため息が出るのを他人事のように聞いた。<br />　一日をどう過ごしても、こういう夕暮れは、今日が無為だったと言い切るような調子があって、日中の激しい日差しも、吹き出した汗も、むせるように立ち上るトマトやアスファルトのにおいも、すべてを包むかのような優しさと、突き放されるようなものさみしさを感じさせる。しかもそれは、とても回りくどくて、なんとなくにおわせるくらいで漂っているからこそ、まざまざと感じ取ってしまう、残酷なものさみしさだ。だから、なにもできなかったと思うことしかできなくなる。なにかしらはしていたはずなのに、なにもなかったと思うしかなくなる。こうして、どこへもいけないことをたしかめるようにして日が暮れていく。<br />　曜日感覚の薄れた意識の中で夕暮れだけが毎日目に焼き付いて重ねられて、鼻先のトマトの匂いと目の中の夕日の影だけが濃くなっていく。ふいについた二度目のため息は、蝉の合唱に紛れて埋もれていった。]]> 
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    <published>2015-05-23T00:28:02+09:00</published> 
    <updated>2015-05-23T00:28:02+09:00</updated> 
    <category term="ss" label="ss" />
    <title>オーロラ</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[　最近のはすごいんだってよ。本物の星空より綺麗なくらいで、こっちに降ってきそうなぐらいの迫力だって。観た友達みんなそう言うんだ。<br />　彼は連れ添って歩いている女にそう声をかけた。彼女はうん、楽しみだね、と小さく相槌を打つ。うなずきながら伏せられた長いまつげが、ガラスのように透き通った瞳の上に魅力的な影を作った。<br />　彼が大学生二枚と言ってチケットを買う間も二人の手はゆるやかにつながれていた。チケット売場の女性はしばし彼らの姿を意味ありげに眺めたが、学生証を確認することもなく二枚分の値段を言った。<br /><br />「本当にすごかったなあ」<br />「うん。びっくりしたね」<br />　彼は頬を火照らせ、ひどく興奮した様子で話し続けていた。そのせいで手に持ったハンバーガーの包みはほとんど手が着いていない。<br />「俺、オーロラの正体初めて知ったし、なによりあのプラネタリウムの映像が半端じゃなかった」<br />「光とか、臨場感とかね」<br />「そうそう、臨場感。本当にオーロラ見に行ったみたいだったもん」<br />「本物以上、かもね」<br />「ああ、かもしれない。でも本物は見に行けないから比較できないけどなあ、行くの大変そうだし」<br />　そう言って彼はようやくハンバーガーをむさぼる。彼女は瞳の色と同じ、澄んだ色のアイスティーをストレートで口に含んだ。そして、ストローから、陶器のようになめらかな唇を離すと、目を伏せぽつりと言葉をこぼした。<br />「にせものだから、プラネタリウムの中でしか見られないにせものだから、綺麗なのかもしれないね」<br />　その言葉に、彼は確かめるように彼女を見つめる。<br />「本物にある揺らぎとか不確かさを、そっくり取り除いて磨きあげた形が、あのプログラムなのかもしれないね」<br />「にせものは、嫌、なの？」<br />「わからない」<br />　彼は彼女の瞳をまっすぐに見つめ、口を開きかけてはまた閉じて、言葉の切り出し方を悩んでいるように見えた。そして、ようやく彼の喉から出てきた声は、漲る想いと緊張が詰まっているかのように、震えていた。<br />「俺は、にせものでも、お前が、この世で一番綺麗だと思ってるんだよ」<br />　彼女は今にも泣き出しそうに張りつめた表情で顔を赤くする彼の手を合成繊維の張られた手のひらで優しくさすり、表情筋のユニットを柔らかに可動させ、不純物のない笑みを彼に向けた。]]> 
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    <published>2015-03-14T22:30:55+09:00</published> 
    <updated>2015-03-14T22:30:55+09:00</updated> 
    <category term="ss" label="ss" />
    <title>パンケーキ</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[横から棺桶が流れてきた。<br />
　邪魔なものが流れてくるものだと顔をしかめわきにやろうとすると、天井のスピーカーから柔らかな女性の声でアナウンスが流れた。<br />
「お待たせ致しました。番号、九十一番様。ご準備が整いました。只今係の者が伺いますので番号札を掲げてお待ち下さい」<br />
　見れば右手に握られたハガキ大のカードには呼び出されたその数が記されている。渋面で待ち構えていると果たしてスーツ姿の男が汗をとびちらせ駆けてきた。<br />
「お待たせ致しました」<br />
「それより、これ、なんとかならないの」<br />
顎をしゃくって棺桶を示すと係の男はきょとんと首を傾げた。<br />
「お客様のご希望のものでございますが」<br />
「なんだって」<br />
「では中身を確認いたしましょうか」<br />
止める言葉を発する間もなく男は棺の蓋を外した。弁当箱の如く開けられ露出した中身に唖然としていると右手の番号札は取り上げられ、代わりに丁度ファミレスのパンケーキを切るのにおあつらえむき、といった面持ちの銀の食事用ナイフを握らされていた。<br />
「ご注文の品は以上でお揃いです」<br />
「でも、だって」<br />
「お客様の中学生時代はパンケーキを切る程度の切れ味で十分と存じます」<br />
「いや、嘘だ。もっとひどい目に遭っていた。こんなやわな代物じゃ殺せない」<br />
　男は白い手袋をはめた手で棺桶の中身を撫で回した。その仕草に母を思い出し気分が悪くなる。大切に扱われるべきものではないのだ。<br />
「どうなさいました」<br />
「人のものを無闇に撫で回さないでくれるか」<br />
棺桶からあわてて手が離れる。行き場を失って迷った放物線を描いた手は男の下腹部に行き着いた。<br />
「すみません、妊娠二ヶ月なんです」<br />
「そいつこそパンケーキを刺すナイフで十分じゃないか」<br />
「まさか。彼女は牛刀でも持ってこなければ私の腹から露出してはくれないでしょう。<br />
　それで、まだ決め手に欠けますか」<br />
「うん、なんというか、派手さが足りない」<br />
男は難しそうに俯き考えているが、右手は子宮の形をぐるぐるとなぞり続けている。チョークのような手に違いない。白く冷たい五本のチョークで執拗に愛撫される腹の子は、神経質な刺激に辟易してなかなか生まれてこないだろう。ピアノでも弾いていれば様になるだろうに、まったく哀れな男だ。<br />
「それでは、お客様、こちらのナイフに変更しては如何でしょう。オプション料金がかかってしまうので三千円ほど割高になってしまうのですが&hellip;&hellip;」<br />
「なんで最初からこれを持って来ないんだ。俺は金ならあると言っただろう馬鹿たれ」<br />
「申し訳ございません」<br />
怒鳴り散らして男につかみかかってもよかったが、彼が流産したら洒落にならないことに気づき、フンと鼻を鳴らすにとどめて乱暴にナイフを手に取る。ファミレスパンケーキ仕様ナイフよりはましか。<br />
「まあ、これならいいよ。じゃ、やるからさ、よく見とけよ。録画ってできるの？」<br />
「可能です。セット料金に組み込んであります」<br />
「撮りたいって人、やっぱり多いんだ」<br />
「ええ、やはり人生の大きなイベントと捉える方が多いようで」<br />
　そう言っている間に三脚が据えられカメラはいつでも撮影開始できる態勢になる。<br />
「じゃ、いくよ」<br />
「はい、どうぞ」<br />
　豆腐よりも手応えがなかったらどうしよう。<br />
　棺桶に横たわる中身にナイフが衝突する刹那、そんな不安が頭をよぎった。]]> 
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    <published>2015-03-14T22:26:58+09:00</published> 
    <updated>2015-03-14T22:26:58+09:00</updated> 
    <category term="ss" label="ss" />
    <title>月の光</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[あの人が思い浮かぶ時には、いつでも、一番美しい表情で、一番気に入っている仕草で、一番綺麗な部分だけが映るような角度でその姿は現れた。<br />
　だからこそ、理想の言葉を並べたときそっくりの嘘くささが滲んでいて、自分の創作したあの人の理想像を崇拝しているだけに見えて、そのたびに心臓にアルミホイルが巻き付けられたように不安がまとわりつき、じくじくと全身を巡った。<br />
　ぬくもりが少しずつ漏れだして温度が失われていっている指先が触れた喉は、大きく響く拍動の中に紛れる想いが声にならないもどかしさにかすれ、ただれた痛みのせいで荒い呼吸音を放っていた。<br />
　熱いような、寒いような、布団をかぶっている意味のない寝床の中で、気がつけば両目から、はらはらと二筋の川が生まれていた。<br />
　枕に顔を埋めてもあとからあとから無限に涙が湧いてきて、止まる気配がないことがたまらなく情けなく感じられた。<br />
　あの人の、長く弧を描くまつげが瞬く姿、流れる髪の、永遠に見ていても飽きないように思われる姿、熱心に考えごとをしているとき子供のように半開きになる唇のふっくらとしていて、薄桃色に染まっている姿、瞳をのぞき込めた時にはじめて知った、紅茶色の暖かく澄んだ色をたたえた姿が次々に思い出されて、泣きじゃくっているこの瞬間にもあの人を求めて体中が甘い熱にうなされていることを知って、指先は細やかに震えていた。<br />
　胸の中に、春の曇り空のような湿気と生温かさを含んでいるあの人への想いがこんこんと湧きだしていて、そのせいで涙はいよいよ止まらなくなっていた。<br />
　思わずシーツを握りしめると、その先にさえあの人の腕があってほしいと願っている自分に気づかされて、それでいて、あの人に想いを伝えられるはずのない勇気のなさが薄いシーツの向こうに透かし見えていた。<br />
　夜が早く終わればいい。そうすれば熱を持ち病的に肥大化したこの想いと付き合う時間から解放されるから。<br />
　夜が永遠に終わらなければいい。そうすればあの人と顔を合わせることもなくて、想いを仕舞い込む必要もないのだから。<br />
　私がどちらを願えばいいのか分からないままでいるせいで、秒針の刻んでいる音の間隔はとても中途半端な長さで部屋を満たしていた。ただ満月の白く、まっすぐに差し込んでくる光だけが、この部屋を貫いていた。]]> 
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    <published>2014-08-31T22:03:46+09:00</published> 
    <updated>2014-08-31T22:03:46+09:00</updated> 
    <category term="ss" label="ss" />
    <title>雪の糧</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[「雪はなにを食べて生きているのでしょう」<br />
　白く塗り潰されてゆく景色を見てあの子はぽつりと呟いた。<br />
「海にも雪が降るといいます」<br />
「ええ」<br />
「海の底に注ぐその雪は、深海の生き物の糧になるそうです。陸の雪だって、溶ければ草木を潤します。では、雪はなにを食べて生きているのでしょう」<br />
　鈍色の雲は重く、電線に支えられてかろうじて宙に浮いている。しばらく雪は止まないだろう。<br />
　あの子は眼球が落下してしまうのではないだろうかというほど目を見開いて、まだ窓の向こうを見つめたまま考え込んでいる。<br />
<br />
「音を食べているのかもしれない」<br />
「そうかもしれませんね」<br />
　あの子はそれ以上言葉を接がなかった。<br />
　耳が痛くなるほどの無音の中で、深海の雪に海の囁きが呑みこまれてゆくさまがふと頭の隅に浮かんだ。]]> 
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    <published>2014-08-30T00:26:09+09:00</published> 
    <updated>2014-08-30T00:26:09+09:00</updated> 
    <category term="ことばの断片" label="ことばの断片" />
    <title>蝸牛</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[僕の耳の中にはかたつむりがいる。<br />
雨の前になると機嫌が悪くなり、僕の耳はもれなく腫れる。<br />
たぶん、雨なのに外に出られないのが不満なんだろう。]]> 
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    <published>2014-06-03T22:31:41+09:00</published> 
    <updated>2014-06-03T22:31:41+09:00</updated> 
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    <title>シレーネ</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[低くうねるような暑さが体中に吹き付ける。高い建物がなく、切り取られるもののない空はどこまでも広く、ふくふくと大きな雲をいくつかその朗らかな青の中に置いていた。機内預かりのキャリーケースがコンベアーを流れてくるとひっつかんで小さな空港を歩いてゆく。一人旅で、最低限の荷物だけを積めたキャリーケースは私の歩調に合わせて軽快についてくる。<br />
　空港を出ると、アロハシャツを着て、強い日差しに日焼けしたスタッフたちが各々のホテル名と予約団体を印刷した紙を持ってわんさと待機している。予約を入れたホテルの名前を改めて確認して、愛想のいい笑みを浮かべる男に自分の名前を告げた。<br />
「えと、ひとり、今日からよんにちかん、泊まる、ナカムラさんね？」<br />
「それです、日本語話せるんですね」<br />
「ちょっとだけ」<br />
　そういって照れたように笑う男に案内され小さなバスに乗り込む。しばらく待っていると他に同じ便で到着したらしい人がもう数人、やはり彼に導かれ席についた。エンジンのかかる前の車内は、アスファルトの熱まで入り込んできていて、窓を開け放っていてもむわむわとした熱気に包まれている。<br />
　単純な作業に没頭して暑さから意識をそらすようにパスポートを手荷物の奥深くに収納し、両替済みの紙幣の詰まった財布を取り出す。それから、丁寧にプランを練ってふせんの散らされた観光ガイドを開いて、手持ちぶさたにぱらぱらと流し読んだ。<br />
<br />
「どもすみません、出発します」<br />
　ようやくさきほどの彼が最後の乗客を連れてバスに現れると、まもなく不愛想な運転手がエンジンをかけてようやく轟々と音を立て冷房が稼働し冷気が車内に満ちる。溶けるような暑さか、凍えるような寒さか、心地よい温度はこの世界にはめったにない。薄い長袖のカーディガンを羽織ると、窓の外に映る、夕暮れのとろとろと流れる蜂蜜のように赤く輝く日差しに気づいて思わず嘆息する。<br />
　楽園が地上にあるならば、それはきっとこういう瞬間を集めて凝縮した場所なのだろう。少なくとも、私は地上の楽園の一端に、今、こうして触れている。触れていられる。<br />
　穏やかな幸福感に満たされながらバスに揺られていると、やがて観光ガイドで見た通りの建物の前でゆるやかにブレーキがかかった。<br />
<br />
　一通りチェックインの手続きを終え渡された鍵と同じ数字の部屋へ入るとようやく安堵のためいきが漏れる。何度旅をしても、この瞬間まではどうも気が抜けない。長時間にわたる移動に蓄積された疲れが脚に、肩に、目に、緊張がゆるんだ途端どっと出る。<br />
　ふらふらと洗面所へ行き、ごく薄くだが塗っていた化粧を落とす。蛇口をひねると、幸いにして水は勢いよく十分に出た。多少値の張る旅になったが、泊まる間気持ちよく顔を洗いシャワーを使うための必要経費と思えば安いものだ。お湯が一定の温度で出るかは現時点では不確定要素だが、この様子ならばそう不満のたまるものではないだろう、と自分に言い聞かせ一気に顔を洗い流すとごしごしとタオルで拭いた。<br />
　それからコーラを片手にベッドに腰掛けオーシャンビューの景色を眺めていると、蜂蜜色の日差しはいよいよ空に溶けだし、夜の青い羊水と混じりあってカクテルのような甘い夕暮れを、地上に楽園の姿を描き出していた。その色合いに、サンセットビーチ、という単語が自然と口をついて出る。鮮やかなその言葉の印象に誘われるように、脚が完全に日が暮れる前に散歩に行きましょうよと囁いた。私はサンダルにワンピースで、ホテルのプライベートビーチへと歩き出す。<br />
<br />
　エレベーターを降りてすぐに波の音が耳を満たした。人の少ない白い砂浜とヤシの木はすべて日の色に染められ、なんともいえない穏やかでゆったりと流れる時を生み出している。<br />
　一人、短い海岸線をうろつき、貝など探すふりをしてみるが、ただ一人でぼんやりとこの景色を味わうことを責める人も誰もいないだろう。緩やかな時の流れは、心のきつく組まれた段組までゆるめてくれる。あまりに明快な、それでいて得難いその時間を得るためにここまで来たのだし、私はだからこれからも旅をする。なにもないことが許される時間を見つけるために、飛行機に乗る。それなのに毎度毎度ガイドブックにいくつもふせんを張り付けて綿密で厳密な計画を立てている私は、きっと時間をケチに使いすぎている。<br />
そう考えるうち、口の中から思わずもっと気楽になれたらとでもいうような重く湿ったためいきがひとつ飛び出した。<br />
<br />
「お疲れですか？」<br />
<br />
　こんな場所で出会えるとも期待していないなめらかな日本語が聞こえてきて驚き顔をあげると、足首ほどまで水に浸かり、長い髪をなびかせている女性が心配そうな顔でこちらを見つめ、私との間に開いている数メートルばかりの距離を歩いてくるところだった。こんな目の前にいて気がついていなかったことも心配の材料になったにちがいない。私は耳まで赤くなって彼女を見つめたが、日差しは私の顔色を隠すのにちょうどいい赤さでいまだ辺りを照らしている。<br />
「今日、今さっき、着いたばかりなものですから」<br />
　しどろもどろになって答える私に彼女はうっすらと上品な笑みを浮かべてうなずいた。<br />
「あら、そんなときにお声がけしてしまってすみません。遠いですものね、たしかに、移動するだけで疲れてしまいます」<br />
　妙に、この時代に話されている日本語にしては丁寧すぎるほど端々のきちんと整った言葉遣いが、彼女の唇から出てくるときには不思議と違和感がない。生まれついての、絶対的な品の良さが支えるような麗しい響きを持つ言葉が流れるように出てきて話す人と、これまで私は何人か出会ったことがある。彼女もまたそういう、どこか違う階級の人なのだろう。異国の端で出会う、国内で出会うこともまずないような輝きを持って出てくる母国語の涼やかな響きに、思わず背筋がぴん、と伸びる。<br />
「でも、それでも来た甲斐がありました。こんなに綺麗な海があって、楽園のような色で夕暮れがおとずれて、いい場所ですよね」<br />
「ええ、本当に」<br />
　うなずいてほほえむ彼女の姿は、まさに人でない者のような、淡く繊細な美しさをたたえていた。その桜貝の唇がゆるやかな弧を描いて動き出す。<br />
「私にはこの海が、この、あらゆる青が閉じこめられてきらきらと絶えず形を変えて輝く姿が、この世界でなにより尊いものではないかと思うのです」<br />
「ですからその宝石が次々に破壊されてゆくこの時代が、どうにも切ないような、むなしいようなものに、ときに思えてしまう。人が、便利さを享受する代償にされるには、あまりに大きすぎるものを犠牲にしていませんか」<br />
　はっとして彼女の方を見ると、瞳は深く、深く、何千尋も降りていった先の海のように澄んだ悲しみが揺れていた。この人は本気なんだ。環境問題と口先で言うコメンテーターよりずっと、事実として何度も地上に在る楽園をその目で見つめ続けて、そうして抱えている暗さによって支えられた、本物の、実感を伴う哀しみを知っているのだ、と無言のうちに私は気が付いた。初対面で話しかけるには突飛な内容だが、彼女は、常に喉元まであふれるほど様々のことを考え水面を見つめている。その切実さに私は戸惑って、まごついた。<br />
　どう言葉を返すか悩んでいると、不意に彼女の顔が再びゆるやかにほころんだ。安らかな微笑み。いいのですよ、と、答えを聞きたいのではない話なのですよ、と言うようだった。彼女はそのまま私に優雅な会釈をすると、立ちすくむ私にすみません、ありがとうございました、よい旅を、と言い残すとゆったりと夜に飲まれてゆく浜辺を歩いていった。<br />
<br />
　翌朝、そのプライベート・ビーチへ私は水着で向かっていた。予約を入れておいたシュノーケリングの船に乗り込むと、船は青い鏡面をすべるように駆けだしてゆく。<br />
　だんだんと加速し、浜を離れてゆくと私はあっと声をあげた。<br />
「どうしました？」<br />
　あわてて駆け寄ってきた乗組員にどう言えばいいのかわからなかった。私の目にたしかに映ったその景色を。<br />
「あの人が&hellip;&hellip;」<br />
　彼女はたしかにそこにいた。海の真ん中で、私を薄く笑って見ていた。<br />
　水面下に、魚の下半身を忍ばせて。]]> 
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